「冬香さんと僕。」#4
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唐突であるが、二人暮しで家事を分担するのは、当然のことだと思う。
冬香さんは仕事をしている。定時上がりができれば良いけれど、残業や職場の付き合いでどうしても遅くなる事だってある。対して僕は学校が終われば基本的に自由だ。予備校に通ってはいないし、アルバイトも週三回のシフトになっているから、なおさらである。むしろ僕がメインに家事をするべきだと思うくらいだ。
けれど、冬香さんは当初「家事は私がやるから!」などと強気な発言を繰り返していた。しかしながら現実はそう簡単にいくものではない。どうしても手が回らないという場面が何度もあって、そうしていつしか分担制に落ち着いた。冬香さんは申し訳なさそうに謝ったりするのだけれど、むしろ一人で生きていかなくてはならないと覚悟した時に比べれば、こうして一緒に暮らしてくれる人がいるだけで随分と救われているのだ。
とはいえ。
「……よし」
洗濯物が詰まった籠を前に、さて、と気合いを入れなおす。
小さく繊細な生地のものを選んでネットに放り込む。その際、それが何者かは一切気にしない。むしろ見ない。洗濯機の中に放り込んで洗剤を入れて、柔軟材を入れて、スイッチを押す。
水が入り始めて泡に消えていくのを見て、ようやく息をついた。
正直なところを言いたい。
できれば、下着は別にして欲しい。
この後、洗濯物を干すことを考えて憂鬱になる。
冬香さんにとって、僕はやはり「弟」なのだろう。特に気にした様子もなく、僕の服を洗い、自分の洗濯物を僕に洗濯させるのだから、多分そうなんだろう。
実際、僕の立ち場は冬香さんの「義弟」なのだから、それで良いはずなのだ。
……まあ、義姉の服を洗濯するなどとは、当初は欠片も思わなかったけれども。
洗濯機が回り始めたのを確認して、居間の時計に目を向ける。
時間は21時になろうとしていた。職場の宴会と言っていたから、そろそろ場がお開きになる頃だろうか。
それを確認して、空いた時間で宿題を片付けてしまおうと考えた。
洗濯機が止まり、アラームが鳴る。ペンを動かす手を止めて、立ち上がる。
中身を取り出して、室内に張った紐に洗濯物を干していく。
「……む」
最後の最後まで見ないようにしていたネットが最後に残る。いや、最後まで手を出さなかったのだから当然なのだけれども。
諦めて、ネットから中身を取り出す。
務めて何も考えないようにしながら、それを干す。干す。干す。機械的に。むしろ機械になるくらいの勢いで。
全て干し終わって、はぁ、と溜め息を吐いた。
なんでこんなことで疲れきらなければならないのか。
そろそろ慣れれば良いものを。
そんな風に自分を叱咤する。
「……はぁ」
けれども、それとこれとはやはり別なのだった。思春期とは度し難いものだ。他人事のように考えながら、籠を片付ける。
部屋の隅で揺れているそれを視界から排除しつつ、自室へと戻ろうとして気付いた。
鍵が開いた音がしたのだ。玄関を覗き込むと、こちらに背を向けつつブーツを脱いでいる女性の背中があった。
「お帰りなさい、冬香さん」
「んー。ただいまー」
なぜか舌足らずな答え。ふわふわとした声の響きに、思わず眉が寄った。
ブーツが巧く脱げないのか、何やら悪戦苦闘している背中を見て、はあ、と溜め息。
「ほら、足を抜いて下さい」
手を貸しつつ、ちらりと見上げる。
軽く赤くなった頬は、パッと見にはそれほど酔っ払っているようには見えない。
見えはしないのだけれども――。
「雪くん……一緒に死んでー」
どうやら、また不愉快なことがあったらしい。
ブーツを脱がせるために屈んでいた自分にもたれかかるように、冬香の体が背中に乗る。
「……遠慮しますー。ほら、もう片方のブーツも脱いで脱いで」
重みをそのままにして、とりあえず答えておく。
「脱がせてー」
「何歳ですか、あなた」
言いつつ、冬香を背中に乗せたままなんていう姿勢で、無理やりにブーツを引き抜いた。
「ほら、ちゃんと立って」
「おー」
ふらふらと起き上がると、冬香さんは居間へと歩いていく。
「……なんだかなぁ」
もう一度、深く息を吐いて居間へ。そこで立ち止まる。
「いや、冬香さん。何してんですか」
「言われたとおり脱いでるのー」
「いや、なんでここで脱ぐんですか!? というか脱げって言ったのはブーツ!!」
冬香さんが下着一枚でへらへらと笑っているのを横目に、ひとまず手近にあったバスタオルを押し付ける。
「それ巻いて! ああもう、いくら明日休みだからって飲みすぎです!」
「ねー、雪くんー」
「なんですか、もう」
脱ぎ散らかしたスーツを拾い上げてハンガーにかけながら、聞き返す。
冬香さんが、へらりと笑って、言った。
「お風呂、入る」
「はいはい。用意はできてるから、入っちゃって下さい。っていうか、大丈夫ですか? 酔っ払ったまま入って」
「大丈夫大丈夫。……それとも、一緒に入る?」
こっちを見て、笑う冬香さん。その顔を見て、ぼくは「はぁ」と溜め息を一つ。
「……入ってもいいですけど」
「え?」
キョトンとした冬香さんに、僕は首を傾げて尋ねる。
「じゃあ僕、ちょっと準備するんで。先に入ってて下さいね?」
「え、え、え?」
バスタオルを握り締めたまま、冬香さんの表情が慌てたものに変わる。
「……冗談です。ほら、気をつけて入って下さいね」
「あ、そ、そう、だよね。あはは」
引き攣った笑顔のまま、冬香さんが風呂場へと消えるのを見送って、溜め息。
弟扱いするのなら、徹底的に弟扱いをして欲しい。
そう思いながら、脱ぎ散らかされたストッキングを床から拾い上げた。
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