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「冬香さんと僕。」#12

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 柊雪也は頬杖をついて、窓の外をぼんやりと眺めていた。
 夕方になった教室には生徒の姿は数えるほどしか残っていない。廊下からはブラスバンド部のチューニングの音や、運動部の掛け声が響いてくる。
 手持ち無沙汰そうにクラスメートと話している数人の生徒は、別に好きこのんで教室に残っているわけではなかった。彼らは、今日、三者面談の対象となった生徒達だった。
 順番待ちで教室に残っているわけだが、時折校門から見慣れないスーツ姿の女性や男性が入ってくる。それは多分、生徒の親――保護者なのだろう。時間を合わせるように、生徒が一人、また一人と事前に伝えられた順番どおりに教室を出て行く。
 雪也の面談の順番は、本日の最後に位置していた。
 だから、教室が閑散としていく中を、ぼんやりと窓際の席に座って時間が過ぎるのを待っているのだ。
 アルバイトに行く事もできず、部活をしているわけでも無い。手持ち無沙汰な時間が過ぎていく。
 夕暮れの教室は赤色に染まり、昼間のそれとはまるで違う別世界のようにも見える。
 いつしか教室に人気がなくなり、空虚な空間にぽつりと一人取り残されている。
 赤い世界。かつてなら特になんの感慨も抱かなかっただろう色。けれども、事故後の遺体の身元確認で雪也は両親と兄に対面していた。グシャグシャにつぶれたそれを、ほとんど直視する事はできなかったけれども。
 それでも、覚えていることはある。赤い色。ひたすらに赤黒い色。
「――っ」
 ブルッと体が震えた。寒いわけではない。ただ、全身がそれを思い出すことを拒絶した。
 冷や汗が浮かぶ。瞳孔が細まる。息が出来ない。
 思い出すことはなかったのに。
 思い出そうとしなかったのに。
 震える体を押さえつけようとした瞬間、ガラリと音を立てて教室の戸が開いた。
 ひょい、と上半身だけを入り口から室内に入れて、教室の中に他の人間がいないことを確認しているのは柊冬香だった。悪戯っぽく笑いながら、教室の中に足を踏み入れる。
「いたいた。おーい、雪く……?」
 雪也の様子に気付いたのか、冬香の声が止まる。
「雪くん!?」
 駆け寄った冬香が雪也の肩に手をかけた。手に伝わる震えに、冬香の表情が切迫したものに変わる。
「どうしたの!? 具合が悪いの!?」
「……ぁ」
 堪えきれなくなった雪也が、何も言わずに首を横に振る。その表情を見て、冬香は気付いた。この症状は、雪也が両親と兄を喪って暫くの間、彼を襲っていたものだった。
 PTSDに近いそれは、家族を唐突に失ったショックと、死体を見た事によるショックが加わったものだったらしい。冬香も夫の遺体を確認したが、あれはトラウマになってもいい代物だった。
 ただ、雪也は自分よりもそれをより強烈に感じたのだろう。元々、繊細な部分を持っているうえに、彼はまだ子供だったのだから。
「雪くん」
 だからそんな時、冬香はこうしていた。
 雪也の頭を胸元に引き寄せて、抱きしめる。
 心臓の音を聞かせるようにして、ゆっくりと、確かめるように頭を撫でる。
 雪也が目を閉じて、冬香の胸に顔を埋めるようにして、ゆっくりと息を吐く。
 心臓の鼓動にあわせるように、ゆっくりと。
「――だいじょうぶ」
 そのまま、雪也が落ち着くまでその姿勢を続けるのだ。
 雪也は、ふう、と深い息を一つ吐いて身動ぎした。それを合図に、冬香も手を放す。
「すいませんでした……」
 小さく、照れくさそうに雪也が謝る。その顔に、冬香はただ微笑んで返した。

「どうしたの? ここ暫くは落ち着いていたのに」
 雪也の額に浮かんだ汗をハンカチで拭いながら、冬香はそう尋ねた。実際、雪也のあの発作は事故直後の半年ほどで治まっていたのだ。彼が意図的にあの事故の詳細を思い出さないようにしているおかげだとは知っていたが、そうであるなら尚更に唐突に発作を起こす理由が分からない。
 雪也はされるがままになりながら、小さく呟いた。
「……夕日の赤が、ちょっと」
 室内を満たしていた赤は、今も鮮やかに室内を満たしていた。普段の雪也なら気にもしないだろうそれを、けれど今日に限って連想してしまったのか。
「そっか」
 だから、それ以上は冬香も触れない事にした。ただ、もう一度だけ、雪也を抱きしめる。
 雪也もされるがままになっている。普段の彼はあまり、こうして冬香に甘えることは無い。むしろ冬香が甘えていると言っても良いだろう。年よりも大人びたところのある少年は、いつだって冬香の面倒を見てくれているのだから。
 だから、こんな風に甘えてもらう瞬間が、冬香は好きだった。
 何を話すという事も無い。ただ、互いの心臓の鼓動を聞くように、静かな時間が過ぎていく。

 ガラリ、と教室の戸が開くまでは。

「――おーい、柊。次、お前だってよ」
「ん、分かった。じゃあ行きましょうか。冬香さん」
 教室に入ってきたクラスメートの少年が雪也の傍に座っていた冬香を、不思議そうに眺める。実際、彼女が雪也の母だとは到底見えない。いくら若作りでも無理があるだろう。では一体?という疑問が顔一杯に広がっていた。
「姉だよ」
 短くそう言って、雪也が教室を出る。冬香もクラスメートの少年に会釈を一つして、後を追うように教室を出た。
 廊下を歩く雪也の背中には、つい先刻自分にしがみついていた少年の面影は無い。
 あの一瞬で自分を立て直してしまった雪也に溜め息を一つ吐いていると、怪訝そうに振り返られる。
「どうかしました?」
「んーん。なんでも。ほら、先輩が待ってるんでしょ?」
 ええ、と頷いて雪也が歩き出す。
 冬香はもう一度、聞こえないように溜め息を吐いた。

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コメント

 初めまして、薙といいます。「冬香さんと僕。」を一気に読ませてもらいました。冬香さんも雪也もいいですね~。こういう姉弟ものは結構好物です。癒されました。名前の方も四季とそれに関連があるもので、二回読んだ時に気づき感嘆の声を上げました。
 次も楽しみ待ってます。ではでは。

投稿 薙 | 2008年4月 6日 (日) 22時27分

はじめまして、mikeと申します。
「冬香さんと僕」読ませていただきました。

とても、面白かったです。読み終わったあと、笑顔になってしまう素敵なお話でした。

続き楽しみにしています。

投稿 mike | 2008年4月 9日 (水) 23時36分

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