« 「冬香さんと僕。」#15 | トップページ | 「冬香さんと僕。」#17 »

「冬香さんと僕。」#16

GWはぐったりする予定です。カレンダー通りの休日って不便だなぁ。

>べりぃないすニヤニヤ!
ニヤニヤする為だけに書いていると言っても過言では無いので、ニヤニヤしてくれると嬉しいです。


>やばい、冬香さんにはまりそう…。
こんな人が身近にいたら、きっと駄目になる。そんな自信があります。


■LRさん
>冬香さんはさりげなく姉として駄目に成って来ていて
>椛さんは思考が教師としては駄目になってきていて
椛の駄目っぷりの加速度のつき方は、自分でも予想以上のものでした…。


/16

 甲高い陶器を割った音が響いた。また妹がやらかしたのかと振り返った秋乃は、珍しいものを見ることになった。
 皿を割ったのは、どうやらフロアの真ん中で立ち尽くしている柊雪也のようだった。
 夏奈も驚いたように雪也を見ているのが分かる。
 そして、恐らくは皿を割った雪也自身が、一番驚いているのかも知れない。何が起きたのか理解できないように立ち尽くしている雪也を他所に、秋乃が夏奈の袖を引いた。
「夏奈は新しいのをお客さまへ。雪也ちゃん、私が片付けるから」
「……すみません。ありがとうございます」
 ちりとりとモップで砕けた陶器を拾い集めている間も、雪也は精彩を欠いたままだった。それはいつもの柊雪也からすれば有り得ないことで、だから秋乃は一つの可能性を思いついた。
「……? 雪也ちゃん、もしかして具合悪い?」
「いえ……そんなことは」
「んー。でも、いつもよりぼんやりしてるよ?」
 ひょい、と秋乃は雪也を抱き寄せると、額に自分の額を押し付ける。そこから伝わる温度は、自分と大差はないようだ。
「熱は……無いみたいだけど」
「ちょっと、おねーちゃん。何してんの」
「ん?」
 夏奈に袖を引っ張られ、秋乃は振り返った。客はほとんどが常連で、しかも秋乃が雪也を抱きしめるのも見慣れている。とはいえ、店のど真ん中で顔を近づけることまでは予想外だったのだろう。唖然とした顔をして自分たちを見る客に、秋乃はふんわりと笑い返した。
「雪也ちゃん、調子悪いみたいだから。……んー。混んでないし、今は奥に居ていいよ」
「いや、でも」
「またお皿割るより良いでしょう? ね?」
 やんわりと微笑みながらも、有無を言わせずに雪也を奥へと押しやる。雪也はといえば、そんな秋乃に戸惑ったように逡巡し、結局彼女の言葉に従った。実際、今の自分ではまた皿を割る可能性が高いのは自覚できていたのだ。
 マスターも頷いたのを見て、奥へと引っ込む。休憩室のソファにぐったりと座り込んだ雪也は、思わず目を閉じた。
 頭が痛い。寝不足だけでなく、ぐるぐると考え込んでいるうちに、疲弊してしまったのか。目を閉じて少しでも楽になろうと力を抜いているうちに、ストン、と意識が暗転した。


 笑い声がする。柔らかく、暖かい。本当はもっとこうしていたいのに、何かが危険を叫んでいる。意識は急速に切り替わり、そして覚醒する。
「――あら、起きた?」
 目の前に山があった。その山の向こうから覗き込んだ顔は、見覚えがあるものだ。
「秋乃、さん?」
 雪也は数回まばたきをして、目の前の女性を確かめた。そして、自分の状況を確認する。
「もしかして寝てましたか、僕」
「うん。ぐっすり」
 にこやかな秋乃から壁際の時計に目を向ける。
 針は既に20時を指している。
「……八時!?」
 飛び起きた雪也は、そこで気付いた。
「あの、もしかして……?」
「うん。寝づらそうだったから。寝心地悪かった?」
 にこやかに自分の膝を撫でた秋乃に、雪也は思わず赤面した。
「い、いえ。そんな事は」
 そこで秋乃の反応が無いことに気付き、怪訝に思って見返すと秋乃がマジマジと雪也の顔を見つめていた。
「……秋乃さん?」
「雪也ちゃんのそんな顔、初めて見たかも」
「そんな顔?」
 ぺたり、と自分の顔を撫でてみる。特に代わり映えはしないはずだ。
 そう思った雪也の手が、不意に引かれた。
「うわっ」
 慌てた声が上がる。引き寄せる力は思った以上に強くて、不意を突かれた身体は体勢を立て直す暇もなく倒れていく。けれどもそれは、柔らかいクッションで押し留められた。
「――――――――!!!?」
 秋乃の胸に顔を押し付けられる。頭が抱きしめられているのだと理解するまで、数秒を要した。必死に抗って顔を引き離す瞬間、「あン」などと艶かしい声を漏らされた。
「何を突然……っ!」
「雪也ちゃん、真っ赤」
 ふんわりと笑った秋乃に、雪也の言葉が詰まる。確かに雪也の顔は真っ赤に染まっていた。
「な」
「いつもは顔色一つ変えないのに。やっぱり、どうかした?」
 クスクスと笑う秋乃にそう問われ、雪也は何も答えられなかった。
「……そ、それよりも! 仕事は……」
「うん。終わっちゃったね」
 にこやかに笑い返され、再び言葉に詰まった。
「いや、起こしてくれれば……」
「でも今日はそんな忙しくなかったし。雪也ちゃんも調子悪そうだったから、寝かせておこうって。お父さんも了解してたから大丈夫よ?」
 でもバイト代は引かれちゃうけどね?と付け加えられ、雪也は小さくため息を吐いた。
「それで良いんですか?」
「……雪也ちゃんには、いつも頑張ってもらってるし。たまにはね?」
 にこやかな答えに、雪也は苦笑でもって答えるのだった。


  †   †   †


 その日の柊冬香は、実に散々だった。
 仕事では普段考えられないようなポカをやらかし、部下から体調を心配されたほどだ。
 そんな状態では残業しても意味はないと諭され、定時で帰った冬香は誰もいない部屋でぼんやりとしながら夕食の用意をしていた。
 彼女の脳裏に浮かぶのは、昨晩の自分の行動だ。雪也の隣でいつしか眠ってしまった。その直前、自分のしてしまったことについては深く考える事ができずにいる。そのくせ、ぐっすりと眠っていたのだから、自分の神経は図太いのだろう。
 問題の雪也は今日はアルバイトだったはずなので、遅くなるはずだった。
 そう思いつつ、自分だけ食事を摂る気になれずに、テレビをつけた。
 時計の針はいつもなら雪也が帰ってくる時間を指している。だが、帰ってくる気配は無い。せっかく作った夕食も、今は冷めてしまっている。
「……遅いなぁ」
 テーブルに顎を載せて、テレビを眺める。
 時計の針は20時を回っていた。いつもならもう帰って来ている時間だ。そうでなければ電話の一本もあるのに。
 もしや事故にでも遭ったのか――。
 その考えが浮かんだ瞬間、心臓がドクンと強く脈打った。
 事故。
 雪也が、事故。
 脳裏に浮かぶ血まみれの雪也のイメージ。その赤く濡れた顔が、夏彦のそれに代わる。いや。二人が並んで転がっている――――?
「何考えてるの!」
 知らず、叫んでいた。
 荒い息を吐きながら立ち上がる。
 雪也が事故に遭っているはずが無い。そうだ。そんなはずは無い。だが、ならば何故こんなに遅い? 連絡もなしに、一体雪也は何をしているのか。
「――ッ」
 頭を振って悪い考えを振り払う。
 雪也の携帯電話に電話しようと、自分の携帯を持ち出す。
 数回のコール音。そして『はい?』と受話器の向こうから雪也の声が聞こえた。
「あ、雪くん?」
『冬香さん――? どうして』
「いつもより遅いから、どうかしたのかと思って……」
 不意に、受話器の向こうから女の笑い声が聞こえた。
「雪くん?」
『あ、ああ。すいません。まだバイト先なんです。……これから帰りますから』
「うん。……分かった。気をつけてね」
『はい。電話しなくてすいませんでした』
 心底からすまないと思っているのか、雪也の声にはいつもの張りが無い。それを聞いて冬香は笑い、通話を切ろうとした。
 その刹那。
『雪也ちゃん、これお願い』
『まだですか!? 僕、そろそろ帰りますからね!?』
 楽しげに雪也に話しかけているだろう女性の声。あれは以前見た――秋乃といっただろうか。彼女の声だろう。
 驚く事は無い。彼女は雪也のバイト先の娘であるし、一緒に働いてもいるのだ。
 そうとも――だから、あんな親しみをこめた声で話しかけられたって、当然なのだ。
『ああ、ええと、すいません。もう帰りますんで』
「――別に、待ってるわけじゃないから大丈夫だよ? お仕事、ちゃんとしないと」
『冬香さん?』
「じゃあね。ご飯、用意だけしておくから」
 冬香は電話を切ると、自分の分だけ暖めなおした。
 テーブルの上には、雪也の分の食事だけがポツンと残っている。
 それを横目に、冬香は温まった食事に箸をつけた。いやに味気ないと感じるのが何故なのか、それについては目を瞑って。

|

「冬香さんと僕。」」カテゴリの記事

小説」カテゴリの記事

コメント

普段、隙の無い雪也君が隙を見せちゃってそのギャップに萌えたと思われる秋乃さんの行動。
うらやましいなぁ。今のところ彼女が一番ストレートに行動していますね。もっとやってあげて下さい。
そして、周囲を揺さぶって下さい。(雪也君含む)
それを読んで読者(私)はニヤニヤします。

投稿 LR | 2008年5月 2日 (金) 22時36分

冬香サンの葛藤に盛り上がってまいりましたw
想いの行方はどっちだ!と期待しながら続きをお待ちしております。

あ、個人的には秋乃サンも大好きです☆

投稿 風見鶏 | 2008年5月 5日 (月) 03時05分

コメントを書く